スピリッチャルヨガワーク・カルナディア

指導歴40年以上吉祥寺のスピリチュアルヨガ教室
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クラス案内<

ここでは一般的によく見聞きする「ヨガースートラ」(ヨガ経典)の中にある段階式訓練法、八支則の3番、アサナからお話します。

アサナは「座る」「在る」という意味で、ポーズや座法のことをいいます。
アサナはただの体操ではなく、一定の姿勢を保ちながら、身体の知覚と呼吸を使って「 プラナ」(生命エネルギー)をよどみ無く全身に流していくことです。
身体を伸ばすと神経系が敏感になり、体を繊細に知覚できるようになっていきます。 ヨガではまず、「アンナマヤ・コーシャ」身体の意識した部分を動かすことから練習をしま す。訓練を続けていくことで、集中力が養われ、知覚できる範囲が広がり、「プラナヤマ ・コーシャ」体の感覚を感じられるようになります。
身体の感覚を通して感じる、痛み、硬さ、詰りの部分は、負のエネルギーの塊(ブロック)があり、その部分の肉体は硬くなっているか、神経の働きが鈍くなり、無感覚状態になっていることが多くあります。ヨガのポーズをとることで、そうした肉体の部分が刺激 され、ブロックに意識が向き、知覚されるようになるのです。
アサナを特別な呼吸法と共に使うことでエネルギーが強く流れ、熱を生み、それと共にブロックも溶けて、痛みなどを感じていた部分が心地良く感じられるようになります。そうすることでエネルギーがより流れ、身体の感覚は更に敏感になり、体液の循環が改善され、柔軟で健康な身体を取り戻していくことができます。
このプロセスを通して、身体の浄化、感覚の調整、精神の静けさ、肉体と精神の一体化をしていくことがヨガであり、自己の内に存在する「アートマ」(内在神)と繋がり、「ブラフマン」(普遍的神、純粋意識)と統合することを目標として、ヨガは創造されました。

私達がヨガを行う時、私達は身体に硬さ、痛さ、詰り、違和感、鈍さ等を感じます。
これらは身体にエネルギーブロックが現れている所なのです。
ではエネルギーブロックはどうして出来るのでしょう?
それは心の使い方によって出来るのです。

つまり心と身体はつながっていると云うことです。

ではどの様にエネルギーブロックが出来るのか、見て行きましょう。
私達は辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、痛いこと等があると、その体験を受け入れられず、それを無かったことにしたり、切り離したり、排除したり、感じなくしてしまい 、その時の感情や心は生体エネルギー/意識の中にそのままずっと残ってしまうのです。これが生体エネルギーがブロックされた状態、エネルギーブロックと呼ばれているものです。つまりトラウマです。私たちは無数にトラウマを作り続けているのです。ではこのトラウマはどうなって行くのでしょうか?作り続けて行くとブロックが大きくなります。大きくなると、生体エネルギーは流れなくなって行き、生体エネルギーが流れない所は病気になります。つまりブロックの在る所は生気が流れず、生気が来ないので、その部位の身体は機能を維持できなくなります。そしてその部位は病気になったり、或は怪我をします。 これは内側のブロックが病気や怪我の形をとって表面化すると云うことなのです。

ではエネルギーブロックを作らないようにするにはどの様にすれば良いのでしょう?
それは悲しんでいる時に悲しみを、苦しんでいる時に苦しみを、痛んでいる時に痛みを 、絶望している時に絶望を体験できる私に成ることです。もしあなたが最後までそれらを体験できたら、その悲しみを、苦しみを、痛みを、絶望を体感し尽くせたなら、あなたはそれを理解し、それを許容する心を得、辛い境遇に居る人への思いやりと、どんな時も自分を愛せる心を手に入れるのです。それこそがあなたが生まれてきた目的です。物理の世界は悲喜を体験します。傷を持ち合わせない人は誰もいません。この傷を体験してこそ、人は成長し、自身が一体何を体験しているのか分かり、自身がどんな人で、どんな存在なのか理解する様にこの世界は出来ているのです。
しかし、それを嫌がって、体験を途中で止めてしまうと、生体エネルギーはブロックし、不健康になるのです。
つまり心の使い方によって身体は健康にも不健康にもなるのです。あなたが辛い時は、その心で何を感じているのか探り、それを体感することを許せる人間になること、そのままの自分でいられる愛を育てることがあなたに求められるのです。

では作られてしまったエネルギーブロックはどうしたら解けるのでしょう?
方法は二通り有ります。
一つは生体科学ヨガを行うことで、健康体を創ることができます。 入門クラス、一般クラスで述べます。

もう一つは内観瞑想を行い、エネルギーブロックが存在する次元の全てのトラウマを、もう一度体感し終えるように成ることです。 これを生体科学と言います。生体科学を行う上で、最も重要なことをお伝えします。それはあなたを観ることです。身体、心、ハート、精神、霊魂(内在神)全部で調べること です。

入門クラス

入門クラスでは先ず身体を感じることが出来るように、簡単な解剖学を人体模型や本を使 って学びます。
アサナ(ポーズ)はその体位をとることで、特有の部位に刺激を与えます。そしてその刺激を受けた場所に自然と意識が向かい、その部位を感じることが出来ます。また身体を伸ばすと神経系が敏感になり、身体を繊細に知覚できるようになって行きます。アサナを行うと、身体の感覚を通して、痛み、硬さ、詰り、違和感等が感じられますが、そのような部位には負のエネルギーの塊(ブロック)があり、その部位の肉体は硬くなっているか、神経の働きが鈍くなり、無感覚状態になっていることが多くあります。
 
ではこれらのエネルギーブロックはどの様にしたら解けるのでしょうか?
先ず身体を感じるようになったら、骨格に意識を向けます。そして身体の要である骨盤に意識を向けます。そうすると骨盤の歪みが分かります。筋肉を対象に使っていないことから骨盤の歪みが起こります。では何処が対象では無いのでしょう?そこはどの様に感じられるのでしょう?硬かったり、鈍かったり、痛かったり、違和感があったりするでしょう。平行感覚を使いそれを感じ、どの様に平行では無いのかに気付くと、それがあなたの脳やその脳を動かす存在に行き、平行を取り続けているだけで、身体は柔軟に解けて来るのです。そのように平行な骨盤を取ることから、このクラスは始めます。

一般ヨガ

このクラスは既に平行をとることが分かっている人が来るクラスです。平行感覚を使い、身体のあらゆる部位で、平行な身体を創ります。まず足首から正しい位置をとり、既に平行に整合した骨盤と合わせて、股関節、膝、足底に平行感覚を使い、身体に散財するエネルギーブロックを浄化するクラスです。 
この作業ができるようになると、更に浄化のプロセスが進歩し、重力と一緒に平行感覚を使えるようになります。
週ごとに扱う部位が異なり、身体全体を観て行きます。


内観クラス

内観クラスでは日常の中で起きて来る問題、人間関係の不調和、親子関係で作った心の傷等に焦点を当て、解決して行くプロセスを学びます。

先ず内観ワークで行うことは自身の感情、思考、心の違いを識別することから始めます。

普段私達は人格層の次元の思考のレベルに居ることが多く、常に頭の中では言葉が発せられ、思考が止むことがありません。今あなたは何を感じているのか、ブッディ(理知)を通して調べるのです。意識を集中し、肉体科学で身体を感じるように、あなたの感情を感じるのです。そうすると自分が何を感じているのかが初めて認識され、自分は今感情で「こう感じているのだ」と自身を解るのです。このプロセスを訓練すると感情、思考、心を感じ自身が何を感じているのが分かり、自身の内省をすることが出来る様になるのです。


では、どの様に内観を進めて行くのか?

あなたの心の傷を調べます。人生の中で幾度も体験される嫌な出来事、辛い出来事、これを観ます。辛い時、嫌なことを体験した時、いったいあなたは何を感じ、それをどうしているのか、客観的に調べるのです。そうして傷を全て体感するのです。そうすることであなたの中に作り、閉ざされてきた無数のエネルギーブロック・トラウマが解け、心は軽くなり、身体は癒されるのです。
あなたはどの次元にこのエネルギーブロックを作っているのか、感情、思考、心、ハート、精神 、神の次元を調べることが内観の基礎になるのです。

しかし体験することができないほど辛くブロックして来たことをどうすれば感じ尽くすことができるのでしょう?体感できなくて、再び意識下に放置することは避けねばなりません。どんな耐え難いものも観ていられるようになるためには、確固とした存在を置く必要があります。それは愛です。あなたが愛されたこと、愛したことを置くのです。それはどんな時もあなたを癒してくれる存在です。あなたが愛を体験した存在をそこに置くのです。そうすればいつもあなたの中に愛を感じていられるはずです。その愛こそあなたの宝です。そしてあなたの痛みをあなたの中に置けるようになること、痛みこそあなた自身であること、痛みが私に成るところまで内観を進めることが出来る様になります。そうして「存在の一」まで行くこと。これを内観の目標にしています。


心の静寂クラス(オンラインクラス)

心の静寂クラスでは命を扱います。呼吸に集中し、命を感じます。最初私たちは呼吸に集中すると、心が忙しく動いているため、意識が散漫で呼吸に集中していることができません。心が好き勝手している状態、つまり無制御な状態です。それを理解し、心が狂った猿の様に動いていることを認識すると、そこに休止が起きます。ここで呼吸が起こってくるところに集中し、何度も呼吸に戻るように心を制御して行きます。
呼吸が起こってくるところに集中し身体を生かしている自然の力を感じられている時に、呼吸は集中の状態を保ちます。
次に呼吸の集中を深めます。呼吸は心とは関係なく、誰に命じられることもなく自然に発していて、自然の内にある生かす力によって自然と繰り返している行為です。集中を深めるときには呼吸が何の意図もなく、発している裏にある自然と生かす力に目を向けます。身体が生きることも、あるいは摂理の法則にも、化学変化にも、目には見えないけれども確かに存在している存在(力)に沿って動いているのです。この確かに在る力に目を向け、意識を向け、これのみに集中を向けて、雑念のない状態で集中を向けることが集中を深めることです。
呼吸の集中を深めることができたら次はその状態を維持する訓練をします。維持とは文字通りその行いを続けることに対して、力を注ぎ続けていくことで成り立ちます。呼吸の集中を深めることを維持するには、自身の集中の目は常に自然の裏に在る、確かな力に目を向け続け、雑念のない状態を保とうと云う、一貫した態度が必要なのです。そしてそこには、この集中から離れないと言う決意によって雑念の入り込む余地をなくすこともできるのです。目に見えない確かな力に目を向ける、意識を向ける、そして目をそらさずに、それのみを見据え続けることが、集中の維持なのです。
呼吸の集中を深め、維持することができるようになったら、呼吸から離れることなく、呼吸が何の意図もなく発している裏にある自然と生かす力に集中し、命を与えている存在(ブラフマン・真の神)を感じます。神の次元を分かるようになることをこのクラスでは先ず学びます。次に呼吸の集中から離れることなく、ブラフマン真の神の不動の性質を捉え、その状態の中で、アサナ(ダンダアサナ、パシチモッターナアサナ)を体験します。あなたは中心感覚が見え易くなっているのを体験するはずです。
自身の神を見つける事は、あなたが生まれてきた目的の一つです。もしあなたが心を滅ぼし、あなたの実際の存在をあなたが解るなら、それがあなたであると分かるなら、それはあなたが生まれてきた目的に達しているということです。そしてそれをあなたの人生に用いて、活かすこと、それこそがあなたの生まれてきた究極の目的です。
「命の生かし方について」
命は神によって与えられます。
誰の自由にもなりません。
沢山の種子を宿して、植物は、あらゆる方法で種を遠くまで運びます。
そこに芽を実らせる命を持つかどうかは、神の采配です。
そして、皆さんもこの全く同じ方法を通して生まれてきました。
命を与えられることが奇跡なのです。
命の時を刻もうとするとき、そこには、身体の結びつきが生じます。
身体と、命は、生きている間、切り離せません。
生きる事とは、身体に命が入り、結びついていることなのです。
皆さんは、この結びつきを維持するために、食物を摂取し、身体を適度に動かす必要を求められます。
食べるものがなければ餓死をしてしまいますし、寝たきりでは、何もできません。
そして、こうした、生命にとっては、ごく当たり前で、自然な欲求が身体を適切に保つことになるわけです。
つまり、体が適切な状態が健康であるという事なのです。
皆さんは、生涯を通して、身体の管理に勤しむのです。
毎日の睡眠時間は適切か、食事の質はどうか、そして、身体の運動は充分か、といった具合にです。
命は神に与えられたものです。
形はなく、確かにそこにあって、あなたを生かすものです。
しかし、あなたの自由では、ありません。

そうした性質を有しているというのに、身体を健康に保とうというときに、あなたは、身体の物質的欲求や、物理的管理にしか目を向けていないのです。
本来、命は、霊性に属するものです。
形のない、しかし、はっきりと存在するものを通して、私達の身体には健康が運ばれます。
霊性を通して、健康を考えてみると、まず、命は命によって生かされます。
食物と呼ぶものは命であり、命の犠牲によって、私達は体を維持します。
睡眠は体を休めるためのものばかりではなく、心を空にすることで穏やかに整えてくれる働きがあります。
そして、運動は命を燃やす行為です。エネルギーは、常に、循環と燃焼によって生み出されるものであり、身体を健康に保つには、隅々までエネルギーを行き渡らせて、使うことが必要です。
さて、もう一度、生きること、健康なことについて考えてみましょう。
私達は、ただ物を摂取し、ただ物を動かし、ただ物を休めているのではなく、命によって、命を得て、命によって、命を燃やし、命によって、命の充足を行っているのです。
命と健康は、とても密接につながりを持つものであり、これを無視することはできません。
ですから皆さんが健康になりたい、あるいは健康の質を高めようと言うときには命の重要性に目を向けましょう。


アシュタンガヨガ

 生体エネルギーを全身に流す事から行うスリヤナマスカルは、本来、身体・精神・神の3位一体をとっておこないます。 これをするには、「身体を感じること。平行と重力を感じること。」「精神の次元をとること。(丹田と地球の内核をとる。更に丹田とソウルシート、神我、真の神を腹ラインを整合して認識できるようになること。)」「呼吸を通して命を解り、神の次元を認識できるようになること。」をアシュタンガヨガのメソッドを通して、学んで行きます。

アシュタンガヨガクラスでは参加者ひとり一人を深いレベルまでサポートするため、1クラス5人の少人数制を取っています。参加希望者は予約確認を行って下さい。

マタニティーヨガ

妊娠週毎や個人によって状態が異なるため、個人レッスンでお受けしています。
妊娠16週目から臨月まで、その時々にあったアサナ(ポーズ)を組み合わせ、日常生活での身体の動かし方や呼吸法、産後のためのケアーの仕方、身体・感情・精神の調和の取り方、リラクゼイション等を指導しています。 

受講の場合、事前に医師の承諾を得てお申し込み下さい。


個人レッスンヨガ

初級から上級まで、またメディカル的ヨガ、肉体レベルのヒーリング、エネルギーワーク等、個人のニーズに合わせて指導しています。

ヒーリングセッション

ヒーリングとは人生の中で様々な問題に直面したとき、その問題の原因を分かり易い形で提示し、自身の力で解決できるよう助けるものです。問題解決するには出来事を受け止めることで、変わろうとする努力を自分自身が率先して行い、初めて効果があります。


ヒーリングセッションではお話を聞くこと、身体や生体エネルギー/意識体系を診ることから始めます。所見を基に、身体全体のエネルギーを高め、フィールドのバランスを整え、特にワークの必要な部分では浄化や強化、バランシング、修復や再構築を行い、エネルギーの流れや力強さ、安定、健康、生命力を取り戻していくようヒーリングを行ないます。クライアントは癒しの過程において、新たな自分を発見し、病気と健康の相関や人間関係に理解を深める機会を得、人生を豊かに変えていくことを体験していきます。

ワークショップ

上記のクラスは短時間であり、私が40年以上掛けて学んできたことを全てお伝えすることが難しいため、一日または合宿形式で長時間、総合的に生体科学ヨガを学べる場を設けています。

ティーチャートレーニングコース       講師 吉田ひとみ 吉田悠果

生体科学ヨガでは、肉体、感情、精神、神のヨガ(科学)が用意されています。ティーチャートレーニングでは、この生体科学を基礎コース(自己探求プログラム1・2) 、初級コース(指導法1)、中級コース、上級コースと、より深く、明確に学びたいと望まれる方や生体科学ヨガを教えたい方の為に5段階のカリキュラムを準備をしています。

自己探求コース1では、肉体科学の基礎知識を、体感を通して初歩から学んで行きます。「何故、生まれてきたのか?」「何故、魂が肉体に宿って体として動くのか?」「何故、物質世界に降りてきたのか?」に始まり、トラウマや傷、前世を含む、全ての経験を重ねてきた魂をそのまま反映させる肉体を探求し、肉体と意識エネルギーの相関や、人生に起こる問題と健康の関わりを、肉体のヨガ、エネルギーワーク、内観などを通して訓練しながら学んで行きます。

このクラスに参加するには、先ず生体科学ヨガの肉体レベルにおいて、中心感覚を理解していること。内観ワークで自身の感情、思考、心を感じて、観察、認識ができること。 

呼吸の集中から、ブラフマン(真の神)、アートマ(真我・内在神)を認識出来ることが求められます。

Goddess-女神の祝福                  講師 吉田悠果

私たちは、誰もが内在した宇宙を、自身の内なる心の扉の向こうに持っています。

内在した宇宙は、外にある外界の宇宙とつながり、その存在は等しく私たちの世界をかたち創っているのです。
その領域を通して、母なる愛という性質を有する女神と繋がり、この地上において神を体験することをGoddess(ゴッデス)と呼びます。

母になる性質は、この世界の様々なところに見いだすことができます。
星の鼓動は、まさに大地の鼓動であり、海が寄せては返す小波、月が闇夜の中に現れ、満ちては欠けて天体の役割を果たし、宇宙のパルスは永遠と無限の狭間に響く、振動そのものです。
神が創造したあらゆる性質やものの中に、私たちが憧憬を抱く、母という愛が体現されているのです。

Goddess(ゴッデス)を通して、実際にこの地上、この場所に、女神が降り、それぞれの人という人生を通した神へと祝福は与えられます。
私たちは今この瞬間、地上においての星の中から、神の光を体験し、この身体、この人生という経験を積み重ねた肉体という器から、外なる宙の光を覗き見るように、神の光を捉え、この器に体感することでしょう。

得た光、与えられた光は、自身の独占の中にあるべきものではなく、様々な自身の関係性や愛を通して、与えられる全ての人に、あなたこそが光の共有を行う必要があるでしょう。
行き来し、あらゆる方向へと流れ行く光は、人を介し、人を流れるほどに輝きを増し、愛と調和に彩られたコミュニティーを形成して行きます。
そうした愛の流れが、やがてあなたの生活のあらゆるところに現れるようになると、あなたはどのような状況においても、必ず神の愛と祝福を、望まずして手に入れる事になります。
吉田悠果・Trulia